2013年08月28日

夏目漱石 こころ (その時私の受けた第一の感じは、~) (取扱店:楽天ブックス)

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■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
 その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼は彼の室の中を一目(ひとめ)見るや否(いな)や、あたかも硝子(ガラス)で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立(ぼうだ)ちに立(た)ち竦(すく)みました。それが疾風(しっぷう)のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策(しま)ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄(ものすご)く照らしました。そうして私はがたがた顫(ふる)え出したのです。
 それでも私はついに私を忘れる事ができませんでした。私はすぐ机の上に置いてある手紙に眼を着けました。それは予期通り私の名宛(なあて)になっていました。私は夢中で封を切りました。しかし中には私の予期したような事は何にも書いてありませんでした。私は私に取ってどんなに辛(つら)い文句がその中に書き列(つら)ねてあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さんやお嬢さんの眼に触れたら、どんなに軽蔑されるかも知れないという恐怖があったのです。私はちょっと眼を通しただけで、まず助かったと思いました。(固(もと)より世間体(せけんてい)の上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、私にとっては非常な重大事件に見えたのです。)
 手紙の内容は簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。自分は薄志弱行(はくしじゃっこう)で到底行先(ゆくさき)の望みがないから、自殺するというだけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、ごくあっさりとした文句でその後(あと)に付け加えてありました。世話ついでに死後の片付方(かたづけかた)も頼みたいという言葉もありました。奥さんに迷惑を掛けて済まんから宜(よろ)しく詫(わび)をしてくれという句もありました。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口(ひとくち)ずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKがわざと回避したのだという事に気が付きました。しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後に墨(すみ)の余りで書き添えたらしく見える、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の文句でした。
 私は顫(ふる)える手で、手紙を巻き収めて、再び封の中へ入れました。私はわざとそれを皆(みん)なの眼に着くように、元の通り机の上に置きました。そうして振り返って、襖(ふすま)に迸(ほとばし)っている血潮を始めて見たのです。


■『こころ』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。
ラベル:夏目漱石
posted by 657575 at 02:27| 小説 | 更新情報をチェックする

2013年05月01日

こゝろ改版 夏目漱石 角川文庫 (取扱店:楽天ブックス)

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■青空文庫から『こころ』を一部抜粋
 二人はまた奥の方へ進んだ。しかしそこにも人影は見えなかった。躑躅(つつじ)が燃えるように咲き乱れていた。先生はそのうちで樺色(かばいろ)の丈(たけ)の高いのを指して、「これは霧島(きりしま)でしょう」といった。
 芍薬(しゃくやく)も十坪(とつぼ)あまり一面に植え付けられていたが、まだ季節が来ないので花を着けているのは一本もなかった。この芍薬畠(ばたけ)の傍(そば)にある古びた縁台のようなものの上に先生は大の字なりに寝た。私はその余った端(はじ)の方に腰をおろして烟草(タバコ)を吹かした。先生は蒼(あお)い透(す)き徹(とお)るような空を見ていた。私は私を包む若葉の色に心を奪われていた。その若葉の色をよくよく眺(なが)めると、一々違っていた。同じ楓(かえで)の樹(き)でも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった。細い杉苗の頂(いただき)に投げ被(かぶ)せてあった先生の帽子が風に吹かれて落ちた。


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ラベル:夏目漱石
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2013年03月13日

<『羅生門』などを収録> 芥川龍之介全集(第1巻)新版 [ 芥川龍之介 ](取扱店:楽天ブックス)



■目次
バルタザアル/大川の水/「ケルトの薄明」より/未来創刊号/老年/紫天鵞絨/桐/春の心臓/薔薇/青年と死と/客中恋/若人/クラリモンド/砂上遅日/ひょつとこ/松江印象記/羅生門/松浦一氏の「文学の本質」に就いて/鼻/編輯後に/孤独地獄/父/虱/酒虫/翡翠/校正後に/仙人/薄雪双紙/野呂松人形/芋粥/猿/創作/校正後に/手巾/出帆/ジアン、クリストフ


■青空文庫から『羅生門』(新字新仮名)を一部抜粋
 ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。
 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剥(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉烏帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風(つじかぜ)とか火事とか饑饉とか云う災(わざわい)がつづいて起った。そこで洛中(らくちゅう)のさびれ方は一通りではない。旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹(に)がついたり、金銀の箔(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪(たきぎ)の料(しろ)に売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が棲(す)む。盗人(ぬすびと)が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。


■『羅生門』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。



ラベル:芥川龍之介
posted by 657575 at 20:24| 小説 | 更新情報をチェックする
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